抑制性介在ニューロンのTRPV1の話

TRPV1 in GABAergic Interneurons Mediates Neuropathic Mechanical Allodynia and Disinhibition of the Nociceptive Circuitry in the Spinal Cord
Kim YH, Back SK, Davies AJ, Jeong H, Jo HJ, Chung G, Na HS, Bae YC, Kim SJ, Kim JS, Jung SJ, Oh SB.
Neuron. 2012 May 24;74(4):640-7.
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0896627312003261

久々のブログ更新です。最近出された報告を紹介します。

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この論文の要旨は、脊髄後角の膠様質の抑制性介在ニューロンに発現するTRPV1の活性化によって、脊髄視床ニューロンへの抑制が抑制される(脱抑制)というもの。

TRPV1は一過性電位イオンチャネルの一つで、カルシウムやカリウムイオンなどの陽イオンを細胞内に通します。唐辛子や熱などで活性化されます。(激辛ラーメンを食べると口の中がひりひり痛くなると思いますが、あれ。)

このTRPV1が、脊髄にあるGABA(抑制性に働く物質)作動性の介在ニューロンに発現していて、GABAによる抑制性電流をTRPV1が抑制することによって、神経因性疼痛が促進されることを示した報告です。
この介在ニューロンは、一次ニューロンと二次ニューロン(脊髄視床ニューロン)の間を介在し、二次ニューロンへの侵害伝達の調整を図っています。
よく知られているのは、痛くなったときにさすると痛みがやわらぐというもの。これにこの介在ニューロンが関わると説明されています(ゲートコントロールセオリー)


今回の図は全部で4つ。
1.脊髄ニューロンに発現するTRPV1が機械アロディニアに関与している
2.TRPV1が、脊髄後角の膠様質に発現する抑制性ニューロンに発現している
3.TRPV1が抑制性ニューロンの電流を弱め、その結果上位の脊髄視床路への抑制入力を弱める
4.中枢性のTRPV1が慢性疼痛処置による機械アロディニアに関与する


1.で明らかにされたこと;
カプサイシンの髄腔内投与による機械アロディニア様行動は、TRPV1阻害薬により抑制された。
・RTX(脳血管関門を通過できないTRPV1の強力アゴニスト)を投与により、脊髄後根節(DRG)ニューロンにおいてTRPV1発現レベルが90%以上減った。
・RTX投与マウスに対し、カプサイシンを投与したところ、非投与と同様に機械アロディニアが生じた。
・脊髄のTRPV1含有小胞を染色し、電子顕微鏡で調べたところ、脊髄でもシナプスが確認された。

以上より、TRPV1は、末梢神経のみならず、脊髄にも発現し、これが機械アロディニアに関与していることがわかった。


2.で明らかにされたこと;
・脊髄後角の膠様質のGAD65(GABA合成酵素)発現ニューロン(つまり抑制性ニューロン)にて、TRPV1の発現が多く見られた。
・GAD陽性ニューロンカプサイシンを投与すると、電流が流れた。TRPV1アンタゴニストによって電流は消失した。
・この電流ー電位曲線(IVカーブ)は外向き整流性であった。

以上より、多くの抑制性ニューロンにTRPV1が発現することが示された。



3.で明らかにされたこと(前半) 抑制性介在ニューロンに対する実験;
・一次ニューロンの電気刺激により生じる、Postsynaptic側のGAD陽性ニューロンのEPSCの振幅が、カプサイシン投与により、長期(30分間以上)にわたり低下した。TRPV1アンタゴニスト、ノックアウトマウスでは低下しなかった。
・同様の実験でカルシウムキレート剤投与で低下が抑制された。
・しかし、NMDA受容体ブロッカー、代謝グルタミン酸受容体ブロッカーでは抑制されなかった。
・一次ニューロンの二回連続刺激による連続EPSC(Twin pulse)は、カプサイシン投与により影響を受けなった。→ 一次ニューロンに発現するTRPV1はこの機構に寄与しない。
・AMPA投与により発生する電流の振幅が、カプサイシン投与により低下した。
・膜に発現するAMPA受容体サブタイプタンパクの発現レベルが、カプサイシン投与により低下した。(→TRPV1活性により、AMPA受容体が膜から細胞質へInternarizeした)

以上より、抑制性介在ニューロンに発現するTRPV1は、このニューロンの興奮性を弱めることがわかりました。(つまり、次の二次ニューロン(脊髄視床ニューロン)に対する抑制効果を弱める。)

3.で明らかにされたこと(後半) 脊髄視床ニューロンに対する実験;
・逆行性色素の視床投与で標識した脊髄視床ニューロンに発現するTRPV1mRNAを、Single cell RT-PCRで調べたところ、全く発現が認められなかった。
・一次ニューロン電気刺激で生じる、脊髄視床ニューロンのIPSCの振幅が、カプサイシン投与により、減弱した。

以上より、筆者らは下図の仮説を提唱しています。

(本論文Fig3より引用)

最後の図4では、慢性の神経因性疼痛処置であるCCI(神経絞扼処置)を行い慢性的な機械アロディニアを形成させ、これにTRPV1が関与するか調べています。

4.で明らかにされたこと;
CCIによる機械アロディニアは、TRPV1ノックアウトマウスでは低レベルであった。
・阻害薬の濃度関連を調べたところ、濃度依存的に効果があった。


以上をまとめると、上の図で示される機構が神経因性疼痛で生じており、健常者にとって痛くないような刺激でも、痛みを感じてしまうと考えられます。

(この中枢のTRPV1を活性化する内因性物質として、アラキドン酸代謝物の12-HEPESや一部のGタンパク型共役約型受容体(グルタミン酸受容体など)を挙げています。)


今回、おもしろかったのは、脊髄視床ニューロンにTRPV1が発現していなかったこと。
TRPV1はあまり中枢での機能について明らかになっていないので、今後、この研究がすすんで、慢性痛の治療創薬が進むといいですね。

(終)