侵害受容器だけを麻酔するワザ

一昨日、所属研究室の論文紹介で扱った内容についてまとめておきます。

今回紹介したのは、文献③。①と③は同じグループ。

Nature. 2007 Oct 4;449(7162):607-10.
J Clin Invest. 2008 Feb;118(2):763-76.
Anesthesiology. 2009 Jul;111(1):127-37. ←これを紹介


Lidocaine(=キシロカイン)は、60年以上も昔から使われ続けている局所麻酔薬。脂溶性なので、細胞膜をすり抜けて細胞内に侵入し、電位依存型Na+チャネルのポアの細胞内領域に結合して、Na+流入を阻害する。これにより、活動電位が起こりにくくなり、感覚が麻痺する。しかし、Na+チャネルはさまざまな感覚に発現しているため、感覚を皆麻痺させてしまう。このような問題があったので、侵害受容器(痛みを伝える神経)だけに発現するNa+チャネルを探して、それの阻害薬を作ろうという試みが製薬会社を中心に凌ぎを削っていた、らしい。


しかし、文献①の筆者らは逆転の発想を考えました。そもそも侵害受容器にしか発現していない受容体をゲートとして利用して、そこしか通れない麻酔薬を使えばよいと考え、侵害受容器に特異的に発現していて、ポアサイズが比較的広いイオンチャネルということで、TRPV1に白羽の矢が立ちました。
TRPV1はいろんな陽イオンを通します(非選択的陽イオンチャネル)。そこで、正電荷を帯びた麻酔薬を使えばよいのでは?そこで、Lidocaineの一部分が正帯電した麻酔薬(QX-314; N-ethyl-Lidocaine)が候補に挙がりました。整理すると、TRPV1を開き、そこから陽イオン化した麻酔薬を細胞内に入れる。実際、QX-314の細胞内投与は高い阻害効果をもたらすことが確認されていたので、中に入ればしめたもの。

↑LidocaineとQX-314の違い(構造式); 赤線より右部だけが違う



この理屈から、TRPV1作動薬であるCapsaicinとQX-314を一緒に投与すれば、侵害受容器だけを特異的に麻痺させることができると考え、実際に確認しました。これが文献①です。
(この論文は非常にシンプルですが、その発想が斬新だったからかNatureに載り、しかも表紙を飾っていました)


↑QX-314がNa+チャネルを阻害するメカニズム(文献①より引用)



さて、文献①で、このダブル投与により、熱あるいは機械痛覚行動が阻害され、一方、運動機能は阻害されませんでした。つまり、侵害受容器のみを麻酔できた。ただ、Capsaicinの影響からか、投与のごく直後に強烈な痛みが起こってしまう。TRPV1は陽イオンであるNa+も通すので。さて、困った。

そんな時、翌年の2008年に、面白い報告が出ました。先に述べた局所麻酔薬の重鎮「Lidocaine」が、実はTRPV1の作動薬として働くというのです。(これが文献②です。)

そこで、CapsaicinのかわりにLidocaineをQX-314と混ぜて投与すれば、痛みを起こすことなく、侵害受容器だけの麻酔効果が遂行できるのではないか!これなら臨床現場でも使ってもらえる!このことを確かめたのが文献③です。
(あっさり言うと、文献③は文献①の方法そのままに薬物だけ変えて検討しなおした内容です)


さて、この文献③は、主に行動実験で構成されています。これについてはラットに対するものとKOマウスに対するものを行いました。前者は、全部で3つの疼痛テストを行い、それぞれに対して、QX-314単独、Lidocaine単独、この複合投与の麻酔効果を比較した。(3つのテストとは、足底投与しVFテストで調べるもの、皮内投与しそこにPinprickテストを行いその反応をテストするもの、神経近傍に直接投与し疼痛行動・運動機能を評価比較するもの。)さらに、QX-314+LidocaineにCapsaicinも加えた検討も行っています。
後者のマウス実験では、TRPV1のKOマウスに対して足底投与をし、QX-314+Lidocaineの麻酔効果を調べています。


結果は、3つの投与方法すべてにおいて、Lidocaine+QX-314は、Lidocaine単独よりも長期にわたる麻酔効果をもたらしました。Lidocaineが入っているからか運動機能も投与後しばらくはありますが、その後の痛覚のみ阻害の持続時間はかなり長いものでした。
さらに、これにCapsaicinも混ぜた3種混合投与を行うと、もっと長い時間、痛覚のみ麻酔がききました。しかも、驚くべきことに、投与直後に起こるはずの痛み行動がまったくなくなりました。
一方、KOマウスへの投与効果ですが、TRPV1がないマウスであるにもかかわらず、まったく阻害効果が消えるわけではなく、やや麻酔効果が出ました。


以上より、LidocaineはCapsaicinの代わりにTRPV1活性薬として働き、しかもそれによる痛みを起こしませんでした。この理由として、Na+チャネル阻害のEC50がTRPV1活性のEC50よりも低いことが挙げられます。つまり、Na+チャネル阻害のほうが起こりやすいということです。(※EC50=対象の50%に効果がもたらされる濃度)

Capsaicinも混ぜた3種混合投与で、超長期的に阻害効果が及び、しかも投与直後の痛みが起こらなかったことについても、LidocaineのNa+チャネル阻害薬としての効果の方が先に出るため、Capsaicinによる痛覚惹起が消えたと考えられます。(実際、Lidocaineも痛みを起こすらしいですが、おきてもほんの数秒間との報告があるそうです)


筆者は、Lidocaine+QX-314の複合投与の有用性を叫んでいましたが、実験結果を素直に解釈すれば、Capsaicinも含めた3種混合が至上だと思うんですがどうなんでしょう? Capsaicinが強烈なTRPV1作動薬であることから、たくさんの検討が行われないと危ういと考えるからか、当初の目的から飛躍するからなのかもしれませんが。

マウスの実験については、TRPV1のKOでも麻酔効果が出てしまうことから、ほかの陽イオンチャネルもQX-314を通すと考えられます。この候補として、TRPA1が挙げられていました。TRPA1はTRPV1と共発現しているという報告が結構出てますし、ポアサイズも大きいので、関与が疑われます。


その他、細かい点ですが、Pinprickテストを用いた測定にて、QX-314単独投与による弱い麻酔効果が現れました。この考察として、筆者はPinprick刺激が機械刺激として働きTRPV1が開いた(最近、TRPV1が機械感受性であるという考えが出ています)。投与の際に行った全身麻酔薬(sevoflurane)に作動効果がある。その他の内因性作動薬の存在が可能性として挙げられていました。(散々挙げた挙句、考慮に値しないほど微々たる麻酔効果だといって締めくくっていましたw)

今回、質疑応答で言われましたが、炎症や虚血などのTRPV1活性閾値の下がった病態下においては、QX-314単独でも麻酔効果が期待できるかもしれませんね。
(ただ、この場合、TRPV1を開く因子が病態という不確定因子であるため、素直にLidocaineと一緒に投与したほうが無難かもしれませんね)

あと、痛み研究ではしょうがないのかもしれませんが、神経近傍投与の実験で施行された疼痛評価は、定性的な評価でした(スコア化してるけど、中間の指標がmildly impairedとmoderately impairedって、あいまいだなぁ)。これが現状の行動実験の泣き所なのかもしれません。



長くなりましたが、以上です。今や本論文発表から3年たっているので、もう人への応用実験も行われているんでしょうか?局所麻酔が何日も続くのなら、感覚、運動機能を損なわず麻酔できることの恩恵は計り知れませんが、長くても数時間くらいなら全部の感覚が麻痺しても問題ない気がしないでもないですが、現場で実際のところどうなんでしょうか?



最後に。臨床応用の意義もそうですが、TRPV1を麻酔薬のゲートに見立てるという発想自体が非常に画期的だった文献①や、長らく局所麻酔薬の重鎮だったリドカインが、逆に痛み関連のイオンチャネル活性にも働くことをきちっと調べた文献②の方が、文献③よりもインパクトがデカくて良い論文でした。時系列的に最後の方がいいと思ったこともありますが、紹介する論文の選考を少し誤った気がします。。次回は気をつけたいと思います。(終)